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奈良の放火殺人事件に思う

先週、奈良県で母子3人が死亡した医師宅火災で、放火と殺人の疑いで高校一年生の長男が逮捕されるという事件がありました。いわゆる少年犯罪に関しては、その予防策も含め活発な議論がなされてきましたが、目に見える成果が現れていないことは残念です。
この事件を聞いて、私は1980年のいわゆる「金属バット事件」(この事件の犯人は20歳の予備校生でしたが)を思い起こしました。この事件の舞台も、父親は一流と言われる大学を出て、一部上場企業に勤めていたいわゆるエリート家庭で、受験を契機に息子が両親を金属バットで殺害するという惨劇でした。
自分が親として子育てをする年代に差し掛かり、子供の教育や受験について当事者として考えるとき、例えば男の子であれば、「たくましくかつ賢く育って欲しい」「自分を乗り超えるがんばりをいつも見せて欲しい」と思う気持ちは当然あります。ただ、本人の才能・資質は親である自分とは異なるのが常であり、最終的には、子供自身が人生の選択をできる力を身につけさせることこそが、大切なのではないかと思います。
社会で起こる様々な不幸な出来事を何でも政府の政策のせいにするのは野党の悪い癖ですが、私はいま少し、家庭内のことに親が責任を持ち、家族が一体となって問題解決していく気概を取り戻す必要があると考えています。忙しい毎日の中で、家族との関係がうまくいっていないと感じている方もいるかもしれませんが、手紙でもメールでも、その気になれば意思疎通の方法はいくらでもあります。お互いの気持ちを届ける努力を続けることが、家族の力を高めることにつながるのではないでしょうか。