« 北朝鮮の6カ国協議復帰 | メイン | 米国中間選挙 »

履修漏れ問題

高校必修科目の履修漏れ問題で、昨日政府・与党が「救済策」で合意したと報道されています。建前上は生徒の「負担軽減」ということを言っているようですが、今回の問題で明らかになったのは、政府・与党も学校関係者も、結局のところ大学受験中心主義の呪縛を超えることができなかったということです。
今回の「救済策」の大きな問題は、「生徒は受験科目以外の勉強は望んでもいないし、しなくてもいい」という前提に立っていることです。本来生徒達には、学ぶ権利というものがあるはずであり、学校や教育委員会のミスで履修漏れが発生したにもかかわらず、彼らが履修できなかった授業を中途半端にしか受けることができないというのは全く本末転倒の対応だと思います。
私は高校時代理系を選択しましたが、世界史の授業はとても好きな時間の一つでした。すべての時代、国の歴史に興味があったわけではありませんが、例えばローマ帝国の歴史に興味を感じたことで、後年塩野七生さんの著作を読んだり、イタリアの世界遺産に関心を持ったりと、その後の人生を豊かにしてくれる様々な出会いに繋がっていくわけです。
私は、履修漏れの生徒たちへの対応に関しては、受験や卒業への配慮は高校・大学が協力して柔軟に対応すべきことであり、生徒が学ぶべき学習内容についていい加減な妥協をすることは、長い目で見れば生徒たちの人生にとって大きなマイナスだと思います。受験に関係ないからこそ、自由に幅広い授業や学習ができるという面もあり、本来の学校教育のあり方を見つめなおす機会を失ってしまったのが残念です。