« 生活を脅かすもの | メイン | 居酒屋タクシー »

通常国会閉会

1月18日から開会していた通常国会が閉会しました。
今国会では、道路特定財源とガソリン税の問題、後期高齢者医療制度や年金問題、日銀総裁の同意人事問題など、与野党が激しく対立するテーマがいくつもありました。衆参両院で多数を占める政党が異なるという「ねじれ国会」の中で、双方が己の立場の正当性を主張しているわけですので、対立の激化は当然のこととも言えますが、いずれも国民生活に直結するテーマでしたから、国会の環境変化に対して、政府がもう少し危機感を持って対応することが必要だったのではないかと思います。直近の民意は昨年夏の参議院選挙だったわけですから、政府・与党がそこで勝利した民主党の政策を尊重することは当然のことです。それをしたくないのであれば、衆議院を解散して国民に信を問うべきであって、「参議院選挙では負けたけれど政策は変えません」というのでは、国民を愚弄しているに等しいのではないかと思います。
このように与党の政治感覚が著しく劣化してしまったのは、与党議員が国民の声を聞く機会を軽視しているからではないかと思います。国会議員になると、多くの会合、会議に招かれ、丁重にもてなされ、ともすればその地位に自己陶酔してしまう人もいます。
「国民に選ばれた自分は偉いんだ。各界の著名人と肩を並べられるのは自分の見識が優れているからだ。自分は挨拶も話も上手でみんな感心している。。」
自分の肩書についてきたものを、自分自身の評価に置き換えてしまう愚かしい議員を、私は少なからずこの目で見てきました。
そういった議員に限って、霞が関の官僚におだてられ、審議会に名を連ねる著名人の言葉に影響され、彼らの言うことを立派な「政策」と妄信しています。

果たしてそうでしょうか?
真に国民の求める政策は、国民が暮らす現場、働く現場、学ぶ現場など様々な「現場」にこそ、そのヒントが隠されています。そのヒントを見つけ、具体的な政策に練り上げる力こそ、政治家自身が磨き上げるべき政策構想力ではないでしょうか。現場を疎かにする政治家に、国家国民を語る資格はありません。
私は、国会閉会中のこの夏、皆さんの暮らしの現場にできる限り足を運び、皆さんの生の声をお聞きしたいと思います。どうぞお気軽にご意見をお寄せ下さい。