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朝青龍関の引退

2月4日、朝青龍関が引退を表明しました。
今回の引退劇の発端は、飲酒の上での暴行等のトラブルと言われていますが、残念ながら現在のところ、事の真相が全て明らかになっているとは言えません。
事件としては示談が成立しており、また朝青龍関も引退をして責任を明らかにしたということですから、これ以上の真相究明は難しいのかもしれませんが、優勝25回を誇る大横綱の引き際としては、誠に残念で釈然としないものがあると言わざるを得ません。

相撲は「国技」であると言われて久しいわけですが、朝青龍、白鵬という両モンゴル人横綱に相撲人気を頼らざるを得ず、有力な日本人力士が育っていないことを鑑みると、実質的にはもはや国技と認められるスポーツではないと思います。
私は、外国人力士を差別するつもりはありませんが、国技と言う以上は、日本の文化や伝統を大切にし、心・技・体の全てについて日本国民の尊敬を勝ち得るだけの素養を持った人物であることが、最高位である横綱としての条件なのだと思います。

柔道は国際化によって、世界的な人気スポーツの地位を不動にしましたが、その一方で、日本の文化や伝統の世界とは一線を画して、世界標準のルールに則った競技への変容を余儀なくされています。
美しい一本を取ることが讃えられる競技ではなくなったわけです。
国際化の道を歩んだ以上、私はそれは決して悪いことでも悲しむことでもなく、そのルールの中で勝ち抜くしたたかさを日本柔道界が身につけて行って頂きたいと願っています。

一方相撲界は、日本国内の閉ざされた環境の中に留まりながらも、世界から人材を集めることによって、その魅力を維持してきました。
ただ、日本人横綱の時代に元気のいい外国人力士が参入してきたことが相撲界にとって大きな刺激になっていたことは事実ですが、結果として恒常的に日本人力士よりもモンゴル人力士の方が強く、最高位である横綱に日本人がいないということでは、もはや日本の「国技」としての相撲は命脈を保つことはできないでしょう。

国技としての相撲を再生させる王道は、日本人の中から強い力士を発掘し、育てるという地道な人材育成以外ないのだと思います。
私はできれば「国技」としての相撲を大切にし、日本の文化と伝統を受け継ぐ相撲界で会ってほしいと思っています。
新しく理事となった貴乃花親方をはじめ、相撲協会の方々には、協会運営の改革はもちろんのこと、相撲をスポーツとしても、興行としても日本の「国技」に相応しいものに再生して頂くことを願ってやみません。